サラ・ピンスカー著『いずれすべては海の中に』
2023-05-11


SF的幻想的短編集。シュール系の幻想小説や未来を扱ったSFなど多様な作品が収録されているが、いずれも衝撃的なすごみではなく、じわじわ来る面白さ。
 社会批判的な主題を含むものもあるが、決定的に「これが正しい」という明確な結論に至るものはない。「孤独な船乗りはだれ一人」の主人公が両性具有者である点などは象徴的である。こういうのはアメリカ文学では珍しい。奴らは全般に「良いか悪いか、正しいか間違っているか」という判断が下せない状態に耐えられない傾向がある。俺の偏見かもしれないが、アメリカでも女性作家は結論が下せない状態に耐える作品を書いているような気がする。ジュリア・デイビスとか。
 俺が一番好きなのは「イッカク」。主人公の女子大生は、不思議な中年女性に雇われて、彼女の自動車旅行の交代運転要員になる。雇い主の母親から受け継いだ自動車がなんと鯨の形をしている。そして運転席には機能の判らないボタンがたくさんついている。主人公は好奇心に勝てず、間違えたふりをしていろいろなボタンを押してみる。そのたびに奇妙なことが起こるのだが、あるボタンを押すと車は角を生やしてイッカクに変身する。イッカクは雇い主の母親と関連があるらしい街に停車する。好奇心の強い主人公がうろつきまわると、雇い主も知らなかった母親の正体が、薄ぼんやりと浮かび上がってくる。という主筋も面白いのだが、好奇心の塊のような主人公と、ただひたすらに予定を効率よく消化しようとする雇い主の、噛み合わないやり取りが苛立たしくも楽しい。
[本]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット